死刑廃止と終身刑  中村治郎弁護士

2009年10月12日

私は、日弁連死刑廃止国調査団長として、パリでバダンテール氏から「人は変わりうるものであるから殺して(死刑にして)は、いけないのだ」と教えてもらいました。そして、フルダ大学でウェーバー教授から「人の自由を一生奪うことは、その人の人格を破壊することだ」と教えてもらいました。それまで、死刑を廃止して、その代替刑として終身刑の導入をと考えていた同行者の各先生も目から鱗が落ちる感覚を味わって、帰国しました。
 その気持ちは、第47回日弁連人権擁護大会のための調査において、ギーセン大学でシ
ンポジウムをしたときに、再度ウェーバー教授にお会いして再確認しました。
 もう、EUでは、そのような文化のレベルまで進歩しているのです。
米国においても、最近、死刑廃止州が15州となり(連邦、軍、35州が存置)、これに続く州がどんどん増えて行く状況にあります(終身刑はなくならないが!)。

 鳩山首相は、昨日の国連における演説で、核廃絶、友愛社会の実現、金融の規制強化、格差社会の是正、東アジア共同体構想等を主張しております。これは、国際的には、平和な社会の実現、国内的には、安全な社会の実現を目指しているものと理解できます。
 すなわち、この根底にあるのは、「人殺し」のない、生命ないし個人の尊厳重視の社会の実現であると理解したいです。今後、冤罪、人権、モラトリアム、代替刑、恩赦など様ざまな論点で国民ないしは政治家を説得してゆかなければなりません。その意味で、しっかりした理論武装をする必要があると考えます。

 そうでないと、英国やフランスの例でもお分かりのとおり、死刑廃止後の幾多の復活論議に対応できなくなるでしょう。これこそ、日本国憲法第97条に、「基本的人権は過去幾多の試練に堪え」、第12条に、「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と定めていることを想起すべきです。
 被害者遺族の感情の点については、被害者の求める権利の中には、「人殺し」の権利は
含まれていないことを納得させるしかありません。
 私も一昨日、一気に、河合幹雄著、『終身刑の死角』という本を読みました。しかし、その中で、「仮釈放なしの終身刑」に反対する点は、首肯できますが、「死刑判決の可能性を残したうえで、最高裁での死刑判決が限りなくゼロに近い運用が理想であるとする」逆説的存置論にはついて行けません。


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