本当に日本には死刑は必要なの?

日弁連の死刑問題に関する活動報告 2008/8/1~2009/7/31 

りす

日弁連の死刑問題に関する活動報告 2008/8/1~2009/7/31  

1 国内外の情勢

(1)死刑廃止・執行停止へ向かう国際的潮流 20年前、1990年当時は、死刑存置国96か国、死刑廃止国80か国(法律で廃止している国と過去10年以上執行していない事実上の廃止国を含む。)で、死刑存置国の方が多い状態でした。しかし、国連などが死刑存置国に対し死刑執行停止をよびかけるなかで死刑廃止(停止)国は増え続け、2009年現在,死刑存置国 58 か国,死刑廃止国139 か国となっています。この20年間で、死刑廃止国は死刑存置国の倍以上になっており、死刑廃止・執行停止が国際的な潮流となっていることは明らかです。

(2)日本に対する国際社会からの勧告 日本も批准している国際人権規約「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)の第6条は、「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。」と「生命に対する権利」の保障を定め、死刑制度は廃止することが望ましいことを示しています。こうした観点から、日本に対しても死刑執行停止を求める国連拷問禁止委員会の勧告(2007年5月)や国連人権理事会の審理(2008年5月)がなされています。国連総会でも2007年、2008年と死刑執行停止を求める決議ななされています。 

とくに国際人権規約(自由権規約)の実施状況を審査する国連の規約人権委員会は,日本の人権状況に関する審査の総括所見(2008年10月)において,「締約国は、世論調査の結果にかかわらず、死刑の廃止を前向きに検討し、必要に応じて、国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきである。」と述べています。 

実は日本政府は、規約委員会のこの総括所見の出る前に「委員会からの質問事項に対する日本政府回答」において、「すべての死刑確定者に対する死刑の執行を一般的に停止することは、現在、国民世論の多数が極めて悪質、凶悪な犯罪については死刑もやむを得ないと考えており、多数の者に対する殺人、誘拐殺人等の凶悪犯罪がいまだあとを絶たない状況等にかんがみると、適当とは思われない。」と記載していました。 

このような日本政府の「回答」に対し、委員会は、前述したように「世論調査の結果にかかわらず、死刑の廃止を前向きに検討」するべきであるとの総括所見を述べたわけです。 

しかし、この総括所見が示された後に参議院議員会館で行われた国会議員と外務省・法務省など関係官庁の出席する報告集会の席において、法務省は、「死刑廃止が望ましい」とする総括所見について、全く「検討」する姿勢を示さず、死刑執行を続ける姿勢を明確にしました。

(3)死刑大国化する日本 死刑判決の異常な急増と繰り返される死刑執行 死刑廃止・執行停止へ向かう国際的潮流や日本に対する国際社会からの勧告に反し,日本は死刑大国化しつつあります。 

平成20(2008)年版犯罪白書は「殺人の認知件数は、おおむね横ばい傾向にあるが、平成16年以降4年連続でやや減少し、19年は1,199件(前年比110件(8.4%)減)であった。検挙率は、安定して高い水準を維持している。」と分析しています。このように殺人事件等の重大犯罪は増加していないにもかかわらず,近年、死刑判決が著しく増大する傾向にあります。2008年の死刑判決数は2007年よりも減少しているものの、1991年から1997年までの7年間と、2001年から2007年までとを比較すると、第一審で約3倍、控訴審で約4.5倍、上告審で約2.3倍になっています。判決の増加により、死刑の確定人員数も急激に伸びています。2007年2月には、戦後初めて収監中の死刑確定者が100名を超え、2009年9月15日現在の死刑確定者数は102名です。 

他方で死刑の執行も頻繁に行われ、2007年には3回(計9名)、2008年は5回(計15名)死刑が執行され、2009年には1月に4名、7月に3名計7名に対し死刑が執行されています。 

被執行者の中には、70歳を超える高齢者や身体に障がいをもつ者、再審請求の準備中であった者も含まれています。とくに足利事件では、精度の低いDNA鑑定(MCT118型鑑定)により有罪(無期懲役)とされていた菅家利和氏に対し、精度の高いDNA鑑定によって再審開始決定がなされたわけですが、足利事件と同様の精度の低いDNA鑑定により有罪(死刑)とされた久間三千年氏に対して、再審請求の準備中であったにもかかわらず、2008年10月死刑が執行されてしまいました。えん罪の疑いの強い事件について、死刑の執行がなされたわけであり、真相が解明されなければなりません。

2 日弁連の取組

(1)飯塚事件をふまえた死刑執行停止要請 日弁連は、飯塚事件件をふまえ、2009年7月28日、誤った死刑執行による損害が回復不可能であることから、現状の死刑制度について,少なくとも以下の 4 点については,緊急に制度の見直しを図ることを法務大臣に対し要請しました。

 ①刑事事件においては,科学的に精度の高い再鑑定を受ける機会の保障が必要であるところ,とりわけ死刑事件においては,科学的に信頼性の高い方法による再鑑定の機会を権利として確立すること  

足利事件の再審開始決定は,過去に行われた DNA 鑑定について,科学的に精度の高い再鑑定を行うことによって,その結論が覆ることがあることを示しています。とりわけ,死刑事件については,誤った死刑執行による損害が回復不可能であることから,このような再鑑定を行うべき必要性が高いことになります。しかしながら,過去の鑑定の際に鑑定資料が全て費消されてしまっていれば,再鑑定自体が不可能となってしまいます。そこで,科学的に精度の高い再鑑定を受けることを権利として確立することが必要です。アメリカでは,無実を訴える死刑確定者や受刑者に対し,法律上,DNA 鑑定を受ける権利が認められており(「イノセンス・プロテクション・アクト」),この制度のもとで多数の再審無罪判決が言い渡されています。

② 死刑確定者と弁護人等との秘密交通を確保すること  「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」施行後も,死刑確定者と弁護人との接見には職員の立会いが原則とされており,秘密交通権が確保されていません。前述した規約人権委員会の総括所見も,死刑確定者と再審に関する弁護人らとの間のすべての面会の厳格な秘密性を確保すべきであると勧告しています。 ③再審請求における国選弁護制度を創設すること  

再審請求については,国選弁護制度が存在せず,実質的に弁護権が保障されているとは言い難い現状です。国連拷問禁止委員会は,第 1 回日本政府報告書審査の総括所見(2007年5月)において死刑判決確定後の国選弁護人へのアクセスの欠如につき懸念を表明しています。

④ 再審請求による死刑執行停止効を確立すること  刑事訴訟法 442 条は,再審請求があったときは検察官は刑の執行を停止できるとしているにとどまり,必要的な刑の執行停止理由とはされていません。前述した両総括所見は,この点についても執行停止効を確保するよう勧告しています。  そして,日弁連は、この①から④の4点を含む死刑制度の問題点につき,抜本的見直しが図られるまでは,死刑確定者に対し,死刑の執行を行うべきではないと、法務大臣に対し要請しました。

(2)死刑執行に対する会長声明 

日弁連は、1993年の死刑執行再開以来,死刑が執行された場合には,その都度,死刑制度の問題点を指摘し執行を停止するよう要請する会長声明を出していますが,全く遺憾なことに死刑の執行は繰り返されています。 

日弁連では,各地の弁護士会に対しても死刑問題についての取組を要請し,同旨の会長声明が,東京、第二東京、愛知県、大阪、京都、兵庫県、広島、福岡県、宮崎県、新潟県、埼玉、札幌、島根県、福島県、横浜、仙台、岡山などからも出されるに至っています。

(3)「死刑を考える日」の全国展開 弁護士会では、市民の皆さんに死刑の残虐性と問題点をあらためて考えていただくため、映画「休暇」などを上映する「死刑を考える日」を全国各地で開催しています。 

「死刑を考える日」は、昨年、10月東京で開催した後、今年は、5月9日大阪、5月16日名古屋、5月29日仙台、5月30日香川、6月23日長崎、6月27日岡山、7月11日和歌山、8月9日長野で行われました。昨年東京では320名が参加し、各地でも100名から200名くらいの方に参加していただいていますので、すでに延べ1000人を超える方に参加していただいたことになります。今年10月3日には、横浜で「今こそ死刑について考えよう 映画『真昼の暗黒』をテーマに」を開催します。また10月9日には東京で、「テレビドラマ『サマヨイザクラ』で見る裁判員裁判と死刑」を郷田マモラ氏(漫画家・原作者)、竹田昌弘氏(共同通信)をパネリストとして開催します。さらに10月24日京都、11月1日福井、11月26日静岡と続きます。

(4)シンポジウム「生命に対する権利」の開催 2009年1月9日、国際人権法のウイリアム・シャバス教授、新倉修青山学院大学教授、尾崎元共同通信社前橋支局長を講師として、「シンポジウム 生命に対する権利」を開催しました。2008年10月の国連の規約人権委員会の総括所見の意義について、「締約国は、世論調査の結果にかかわらず、死刑の廃止を前向きに検討」すべきであるとされていますが、対象とされている「締約国」には日本政府だけでなく日弁連も含まれており、日弁連もまた「死刑廃止を前向きに検討」すべきではないかとの指摘がなされました。

(5)死刑事件弁護のための特別研修の実施 2008年11月19日、「死刑事件と犯罪心理鑑定 裁判員制度下における死刑事件弁護 効果的な弁護を探る 第2弾」と題し、犯罪心理鑑定の意義とその実現に向けた具体的な問題点について、弁護士向けの研修を行いました。

(6)死刑事件弁護経験交流会の開催 2009年3月14日第5回死刑事件弁護経験交流会を開催し、「被虐待経験のある被告人のための情状弁護 死刑求刑で無期判決を獲得した静岡事件に学ぶ」と題し、弁護人の小川秀世弁護士と山梨県立大学臨床心理学西澤哲教授より講演を受けました。

(7)日弁連ホームページに「死刑を考える」ページを設けました 市民の皆さんに対し死刑に関する正確な情報をわかりやすく提供するため、日弁連のホームページに「死刑を考える」ページ(http://www.nichibenren.or.jp/ja/committee/list/shikeimondai/shikei_qa.html)を加えました。QアンドA形式として、犯罪統計などに基づき凶悪犯罪が増えていないことなどを説明し、日弁連の「死刑執行停止法案」についても説明しています。


3 今後の活動 

民主党のインデックス(マニフェストを詳細にしたもの)によれば、「死刑存廃の国民的議論を行うとともに、終身刑を検討、仮釈放制度の客観化・透明化をはかります。死刑制度については、死刑存置国が先進国中では日本と米国のみであり、EUの加盟条件に死刑廃止があがっているなどの国際的な動向にも注視しながら死刑の存廃問題だけでなく当面の執行停止や死刑の告知、執行方法などをも含めて国会内外で幅広く議論を継続していきます。」とあります。 

この民主党の政策は、日弁連の考え方と共通するところも多くありますから、何とか死刑執行停止を実現させていきたいと思います。

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