シンポジウム 「死刑制度と弁護士会の役割~パリ弁護士会の活動から何を学ぶか~」についてのご報告

2010年04月01日

  2010年3月25日、日本弁護士連合会、東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会とパリ弁護士会の共催で、シンポジウム「死刑制度と弁護士会の役割~パリ弁護士会の活動か
ら何を学ぶか~」を開催しましたので、その内容についてご報告したいと思います。各パネリスト等の発言内容は、当日の発言だけでなくレジュメ等も参考にして私の印象に残った点をまとめたものですので、文責は私にあります。
 当日は、市民に加え、EU代表部、フランスをはじめとする各国大使館関係者、ベナン共和国特命全権大使や衆議院議員の民主党辻恵副幹事長、村越祐民死刑廃止議員連盟事務局長も参加し、合計80名以上と大変盛会でした。司会は私が、コーディネーターは田鎖麻衣子弁護士が行いました。以下、●が発言者、○が私のコメントです。

●田鎖弁護士によれば、「フランスの弁護士会は、日本と同様に強制加入団体である。日弁連に相当する全国組織はなく、パリ弁護士会は全弁護士の約半数が加入する国内最大の弁護士組織である。フランスでは1981年に政治的イニシアティブにより死刑が廃止されたが、その後、パリ弁護士会は死刑廃止の課題に積極的に取り組むようになり、2001年は会として世界死刑廃止連盟(WCADP)に参加、2006年には全世界的な死刑廃止のための機関を設置するなど、世界規模での死刑廃止に向けた活動にかかわっている。」とのことです。また田鎖弁護士は「2009年にフランス外務省による招待プログラムでフランスを訪れた際、ル・ボルニュ氏をはじめとするパリ弁護士会の会員と面談し、死刑制度をめぐる日本の状況について意見交換する機会を得た。その際、パリ弁護士会としてぜひとも日弁連の死刑執行停止に向けた取り組みに協力したいとの申し出があり、今回のセミナーが実現した。」とのことです。

●ジャン‐イヴ・ル・ボルニュ氏(パリ弁護士会副会長)の基調講演要旨
 弁護士は、死刑廃止の闘いの中に、長い間身を置き行動している。この闘いの理由は、多様で、かつ複雑であるが、
①死刑は取り返しがつかない。つまり、司法作用の日常的経験に鑑みれば、裁判官の過ちがあり得ること、その可能性は、司法作用に控えめさを求めるべきものであることに思いをいたさざるを得ないのである。取り返しのつかない刑と、誤判の存在の間の対立を、どう受け止めたらよいのだろうか。
②死刑は、非人道的な刑である。それが宣告されたとき、社会の権力機関は、野蛮を制するために野蛮を用いるのである。この地獄の悪循環の中に入り込むことにより、我々は暴力を抑圧すると言いながら、他方で暴力に市民権を与えることになる。死刑を維持する国が発する暗黙のメッセージは、暴力ー何よりもまず殺人ーは正義に反し容認できないというものではなく、刑事司法という社会的権力に留保されているというものなのである。
③西洋文化は、ユダヤ・キリスト教的な影響を強く受けており、これが非宗教的な考え方に基づく裁判にも入り込んでいる。生と死に関する法は、抗することのできない正義の唯一の担い手である神の手にのみあるという思想が、人々の無意識の中に刻み込まれている。人間は、時間と歴史の相対性の中でしか行動することはできない。そして、真実、そして絶対的正義の実現に到達できるのだと言いながら、神の役割を横取りするのは、人間の役割ではないのである。
④プラグマティックな視点からすれば、死刑は役に立たないものであり、死刑を廃止した国で、犯罪率の高まりは見られない。死刑のみせしめとしての効果は、死刑支持者が強調するが、明らかにごまかしである。刑についての予測は、罪を犯す危険性が低い正直な人間を思いとどまらせるだけである。潜在的犯罪者は、次の2つの仮定においてのみ行動する。科されるであろう刑罰のことを考えることができないほどの感情の高まりに支配されている状態か、あるいは、実利的または金儲けという目的の下で、よもや自分の罪が発見され刑事責任を問われることはないとの確信を持っている状態か、そのいずれかである。

○パリ弁護士会は、開催の前からパリ弁護士会のホームページに,このシンポジウムのチラシと,内容を掲載するなど非常に積極的でした。
 ル・ボルニュ氏は、フランスが死刑廃止を実現するまでの歴史的経過を紹介したうえで、民主化の過程において国家が死刑を廃止していくこと、政府が処刑を密行化することは、死刑を恥じるようになったことの現れである一方、死刑が抽象的な制度として理解されるようになり、その維持を支える力となる危険性があることを指摘していました。
 蛇足ですがフランスの弁護士は相当独立性が高く、人の言うことを聞かないようで、ナポレオンも手を焼いたと述べていました。

●新倉 修青山学院大学教授(東京弁護士会会員)の発言要旨
 日本の弁護士会は、公権力からの独立した地位を認められ、さまざまな公的活動に取り組む組織で、世界の弁護士組織のなかでユニークだ。日本では、仏教の影響のもとで、810年から1156年まで340年以上にわたって死刑の執行を停止したという歴史がある。仏教文化はいまだに隆盛だが、死刑廃止論は仏教界のみならず、キリスト教界でも強くはない。宗教家の感性の問題というよりも、むしろ、死刑が日本人の集団意識の中にしっかりと根ざしているという事実があるのではないか。それをしっかり見つめなければ、議論は難しい。
 だから、宗教家やその他の文化的な影響に頼るのではなく、むしろ、弁護士が積極的に問題提起をして、議論を起こすことの方が大事だ。その際には、国際基準でいわれている「残虐性」とか「品性を貶める」という言葉の定義をもっとわかりやすくして、国際的な基準と日本の文化的な尺度との対話が求められている。
 世界人権宣言や自由権規約が、生命への権利を定めていることは誰でも知っている。その意味をさらに掘り下げて、建設的な対話・実り豊かな対話を継続して取り組むことが大事だ。そこに、弁護士が、勇気をもって、調和を生み出そうとする良識を発揮して、果たすべき使命がある。

○死刑廃止へ向けた弁護士会の役割強調されていました。またロベール・バダンテール氏(フランスが死刑廃止をした当時の法務大臣、弁護士、現元老院議員)の言葉、「民主主義は殺さない」を紹介されていました。

●中村 治郎弁護士(日弁連死刑執行停止委員会副委員長)からは、世論調査の結果と民主主義とは異なるものであり、とりわけ被害者遺族の素直な感情は理性的であるべき司法判断にそのまま持ち込まれるべきではないとの発言がなされました。中村弁護士の意見は
http://www.morino-ohisama.jp/blog/2010/03/post-16.htmlのブログに掲載されていますので、ご参照いただければと思います。

○中村弁護士の発言につき、ル・ボルニュ氏からは、一方の立場に偏した議論は公平さを欠き「正義」とはいえないこと、被害者遺族の立場を「尊重」することと、「迎合」することとは異なるものであること、そして、とりわけ一般市民になじみが薄く知識や理解も不十分な刑罰制度の領域では「他人の耳に痛いことを敢えて言う」ことが、弁護士会には求められているということが強調されていました。

●小林 修弁護士(日弁連死刑執行停止法制定等提言・決議実現委員会委員長)からは、国際人権(自由権)規約委員会から「締約国は、世論調査の結果にかかわらず、死刑の廃止を前向きに検討し、必要に応じて、国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきである。」との勧告を受けている、日弁連は、勧告の履行を政府に迫っているのであり、履行を迫る日弁連として、生命に対する権利、すなわち死刑の問題についても、存置か廃止かの立場を定めずに執行停止を求める立場から、廃止が望ましいという立場へと一歩前に踏み出す必要性があるのではないか、との問題提起がなされました。

○これまでの日弁連の立場は2002年「死刑制度問題についての提言」が基本であり、死刑存置か廃止かの立場を定めずに死刑の執行停止を求めるものです。
 日弁連は弁護士全員が強制的に加入しなければならない団体で、死刑存置や被害者支援の弁護士さんも多くいますので、弁護士会としては、なかなか死刑廃止という立場をとりにくいのですが、2008年の国際人権(自由権)規約委員会からの総括所見を受け、死刑廃止が望ましいという立場から死刑廃止を前向きに検討するべきではないかという議論が、いま日弁連内にあります。今後は、「死刑制度と弁護士会の役割」が大きなテーマとなります。

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