本当に日本には死刑は必要なの?

日本弁護士連合会の死刑執行停止を求める活動報告 2009年9月から2010年9月まで

りす

日本弁護士連合会の死刑執行停止を求める活動報告 2009年9月から2010年9月まで

1 日弁連の基本政策  死刑の廃止・執行停止は 国際的な潮流であり,特に日本の死刑制度には,死刑に直面している者に対し,十分な弁護権,防御権が保障されていない等様々な問題点があります。 日弁連は、政府に対し,死刑廃止を前向きに検討することを求めている国連機関・人権条約機関による勧告を誠実に受けとめ,死刑の執行を停止し,死刑制度の存廃について国民的議論を行うことを求めています(日弁連基本政策集http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/base_policy/index.html)。

2 日弁連の意見 日弁連は、この基本政策に基づき、2010年9月9日に行われた法務省「死刑の在り方についての勉強会」ヒアリングで、概ね次の意見を述べました。

(1)「死刑制度改革会議」(仮称)を立ち上げるべきである 死刑制度を現に維持し,その運用にあたっている,法務省内の関係部局担当者による構成では,制度の根幹を問う議論を行うことは不可能である。勉強会を行うのであれば,死刑執行停止・死刑廃止を含め様々な立場を有する有識者や,死刑問題に携わってきた市民団体等からも幅広く構成員を募るべきであって,日弁連からもその推薦する会員を構成員となすべきである。この勉強会を,単なる組織内学習会で終わらせず,真に開かれた場での国民的議論が行われていく契機とするためには,今後,行刑改革会議のように,日弁連や外部の有識者からも幅広く構成員を募った「死刑制度改革会議」(仮称)のような組織を立ち上げ,死刑制度の存廃について国民的な議論を行うべきである。

(2)死刑廃止・執行停止は国際的な潮流であり国際人権法を尊重するべきである 今から20年前,1990年当時は世界でも死刑存置国の方が多い状態であったが,2009年現在,死刑存置国は58か国,死刑廃止国(10年以上執行していない事実上の廃止国を含む)は139か国であり,死刑廃止国が死刑存置国の倍以上となっている。死刑存置国はこのように少数派だが,その中でも,実際に2009年に死刑の執行を行った国の数は,さらに少なく,わずか18カ国に過ぎない。誠に残念なことに,日本もこの少数の国の一つとなっている。このように死刑廃止国が増えているのは,人権に関する国際法すなわち国際人権法が世界各国において尊重されるようになってきたからに他ならない。日本も批准している「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)には,「すべて人間は,生命に対する固有の権利を有する。」と述べられており,「生命に対する権利」がすべての人間に保障されるべきことが明確に宣言されている。日本に対しても「死刑の執行をすみやかに停止」すべきであるとする国連拷問禁止委員会の勧告や,国連人権理事会による勧告がなされている。

(3)えん罪による死刑執行のおそれは現実のものである  わが国では,死刑事件について既に4件も再審無罪判決が確定しており(免田・財田川・松山・島田各事件),死刑事件においても誤判が存在したことが明らかとなっている。宇都宮地方裁判所は足利事件について再審無罪判決を言い渡したが、足利事件は、捜査段階で複数の被害者殺害について自白を強要されており,死刑事件となるおそれもあった事件である。死刑事件である名張毒ぶどう酒事件や袴田事件は,えん罪である疑いが強く,日弁連は再審を支援している。このような現状を考えるとき,えん罪により死刑判決を受け,死刑の執行までされてしまった例がこれまでに一度もなかったとは,到底断言できない。飯塚事件においては,無実を主張していたにもかかわらず,再審請求の準備中に死刑が執行されてしまい,現在,再審請求中である。誤判原因の解明とその防止のための抜本的対策は,なんらとられていないままである。このような状況下においては,えん罪による死刑執行のおそれは現実のものなのであり,一旦失われた命は金銭で補償することはできず,どのようにしても回復することはできない。

(4)世論調査の結果にかかわらず死刑の廃止を検討するべきである 死刑制度の存廃は,死刑廃止・執行停止が国際的な潮流であり国際人権法を尊重するべきであること,えん罪による死刑執行のおそれが現実のものであることを直視し,死刑制度についての十分な情報が公開されたうえで国民的な議論をすることにより解決すべき課題なのであって,世論調査の結果によって決めるべきことではない。死刑を廃止してきた諸外国の例を見ても,死刑を存置するか廃止するかは世論調査の結果決められたわけではない。死刑の廃止・執行停止は,世論による死刑支持率が低下したためではなく,民主的な政治家のリーダーシップによって達成されてきたのである。 

 (5)死刑制度に関する情報を積極的に公開するべきである 日本では死刑の執行は極端な秘密主義がとられており,国民に対し死刑制度の実態は隠されている。情報が国民に対し十分に公開されていないなかでの世論調査の結果に,どれほどの信頼性があるのか甚だ疑問である。死刑制度の存廃について国民的な議論をするためには,その前提として,死刑制度がどのように運用されているのか十分な情報が公開されていなければならない。執行の対象者はどのように選ばれているのか、執行の対象者の心身の状況はどうなのか、絞首刑はどのように執行されているのか等も公開されなければならない。刑場の公開も,それだけでは「厳粛に執行されている」となりかねない。刑場の公開だけでは,全く不十分だと言わざるを得ない。

(6)裁判員制度の実施を契機として死刑制度の存廃について国民的議論を行うべきである 裁判員をつとめる国民に対し,予め,死刑制度に関する十分な情報が公開される必要がある。また死刑を科すか否かは極めて重大な判断であり,裁判員と裁判官の全員の意見が一致するまで議論を重ねる慎重な審理が目指されるべきである。裁判員が誤って死刑の言渡しを行い,死刑の執行がなされた後,えん罪であることが判明した場合について,現実の問題として考える必要がある。現在,死刑制度そのものについての国民的な関心が,かってなく高まっている。広く国民的な議論を行うべきである。

(7)死刑に代わる最高刑の検討に着手するべきである 現在,無期刑受刑者の数は急増しており,他方,無期刑受刑者にとっての仮釈放はますます狭き門となる傾向にあり,無期刑の事実上の終身刑化が進んでいる。刑罰制度は,本来,受刑者の社会復帰を前提として運用されるべきものであり,無期刑受刑者を含めた仮釈放のあり方を見直し,無期刑の事実上の終身刑化をなくす必要がある。こうした改革なしに,死刑制度を維持したまま,仮釈放のまったくない終身刑を導入することに,日弁連は反対である。しかし他方,死刑制度の存廃について議論する際,死刑の代替刑としての仮釈放のない終身刑を創設するか否かは,避けて通れない論点である。死刑の存廃についての国民的議論をする際には,「死刑に代わる最高刑の在り方」についても検討されるべきである。

(8)被害者について ある日突然,理不尽な犯罪により命を奪われた被害者と,そのご遺族の苦しみは耐え難いものであろうと思う。ご遺族が死刑を望んだとしても自然な感情であろうと思う。ただ,ご遺族の被害感情というものも時間や状況とともに変化し得るものであり,また,現に加害者の死刑を望まないご遺族もいらっしゃるように,被害者遺族の感情も,そのニーズも多様なものである(「アメリカ殺人被害者遺族の会を招請して」自由と正義2010年9月号)。ヨーロッパ諸国では,被害者ご遺族に対する手厚い支援と死刑の廃止の双方を実現しているのであり,人権を尊重し,民主主義を掲げる私たち日本の社会において,これが実現できないはずはない。

3 日弁連の取組み(1)飯塚事件をふまえた死刑執行停止要請 2009年12月9日、法務大臣に対し、死刑えん罪事件を未然に防ぐため、緊急に以下の措置を講じることを要請しました(http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/091209.html)。 

①科学的に信頼性の高い方法によって再鑑定を受ける権利の確立

 ②死刑確定者と弁護人等との秘密交通の確保 

③再審請求における国選弁護制度の創設 

④再審請求による死刑執行停止効の確立上記4点を含めた改善措置がとられるまでの間、死刑の執行を停止することを要請しました。

(2)死刑執行に対する会長声明 

2010年4月2日に,中国政府の邦人に対する死刑執行通告に関する会長声明,同年4月6日に,中国政府の邦人に対する死刑執行及びさらなる死刑執行通告に関する日弁連コメント,同年4月9日に,中国政府によるさらなる邦人3名に対する死刑執行に関する日弁連コメントを発表し,法務大臣及び外務大臣に対し要請をしました。 

また2010年7月28日の千葉法務大臣による突然の二名に対する死刑執行に対し抗議する会長声明を出しました(http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/100728.html)。

(3)「死刑を考える日」の全国展開 市民に死刑の残虐性と問題点をあらためて考えてもらうため,映画「休暇」等を上映し日弁連の死刑執行停止について講演する「死刑を考える日」を全国各地で開催しています。

これまでに東京(東京では毎年開催しています)、大阪,名古屋,広島(後援),仙台,香川,長崎,岡山,和歌山,長野,横浜、京都、福井、静岡、岐阜、山梨等で開催し,延べ2800人を超える参加を得ています。今年も奈良、秋田で開催する予定です。

(4)シンポジウム 2010年3月25日に,フランス・パリ弁護士会副会長のジャン-イヴ・ル・ボルニュ氏をゲストスピーカーに迎えて,シンポジウム「死刑制度と弁護士会の役割~パリ弁護士会の活動から何を学ぶか~」を開催しました。  

また2010年6月25日には,アメリカの非政府組織である「人権のための殺人被害者遺族の会(Murder Vctims’Families for Human Rights :MVFHR)」による講演会「アメリカの被害者遺族からあなたへ~人権のための殺人被害者遺族の会(MVFHR)が語る命と死刑~」を開催しました(前述した自由と正義2010年9月号)。

(5)死刑事件弁護経験交流会 

 2009年9月26日に,「DNA鑑定、情況証拠とどのように闘うか-飯塚事件に学ぶ-」と題し,第6回死刑事件弁護経験交流会を開催しました。

 また2010年3月13日に,「マスコミ報道に晒された健忘状態の被告人の弁護―死刑求刑で無期判決を獲得した秋田連続児童殺害被告事件に学ぶ-」と題し,第7回死刑事件弁護経験交流会を開催しました。

(6)民主党への呼びかけ 民主党法務部門会議が、死刑制度に関する検討ワーキングチームを設置することを決めたとの報道があり、これを受けて日弁連は、「国会の中で本格的な議論を開始し、継続するために、日弁連が提唱する死刑制度調査会を衆参両院に設置し、かつ、その間の死刑の執行を停止するための具体的方策についても検討されたい」旨の要請書を2010年8月5日、民主党宛に提出しました(http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/100805_2.html)。4 今後の活動 日弁連としては、今後も、死刑執行停止の実現を目指し活動を継続していきますが、様々な市民運動との連携を強めていきたいと考えています。どうぞ宜しくお願いします。以上 

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