本当に日本には死刑は必要なの?

法務省「死刑の在り方についての勉強会」ヒアリングにおける日本弁護士連合会の意見

りす
 平成22年9月9日、法務省は,死刑の在り方についての勉強会(第3回)を開催し,明治大学名誉教授菊田幸一氏,全国犯罪被害者の会代表幹事岡村勲氏,日本弁護士連合会副会長道上明氏,元検察官(公証人)本江威憙氏の4名からヒアリングを行いました。
 私も、当日、日弁連の道上副会長に随行していました。このヒアリングを意味のあるものとするためには、当日の意見の内容について、多くの方に広く知っていただく必要がありますので、日弁連の意見について、説明したいと思います。
 まず道上副会長の述べた意見を逐語訳したものが、
道上明氏ヒアリング結果[PDF:189KB
です。ただ最も分かりやすいのは、当日用いたパワーポイントによる説明ですので、まず、これを見ていただければと思います。
「死刑の在り方についての勉強会」ヒアリングにおける説明資料(パワーポイント)[PDF:247KB]
 意見のポイントは、
. 死刑廃止・停止の国際的潮流と国際人権法の尊重を
. 誤った死刑執行の可能性を直視すべき
. 死刑廃止は世論にかかわらず検討すべき
. 死刑制度に関する情報の積極的な公開を
. 裁判員制度を契機に国民的議論を
. 死刑に代わる最高刑の検討
についてです。
 また、道上副会長の意見を文書にしたものも提出してありますので、これを併せて読んでいただけば、よく分かっていただけると思います。
「死刑の在り方についての勉強会」ヒアリングにおける意見[PDF:27KB]
法務省「死刑の在り方についての勉強会」ヒアリングにおけ
る日本弁護士連合会の意見
2010年9月9日
日本弁護士連合会副会長 道 上 明
1 はじめに
私は,日本弁護士連合会の副会長をしている道上明と申します。まず初めに申し上げなければならないことは,千葉大臣による2名に対する死刑の執行についてです。千葉大臣は,就任当初,死刑の執行は人命にかかわる問題ゆえに,慎重に取り扱っていきたいと述べておられました。にもかかわらず突然,死刑の執行を命じられたことは,甚だ遺憾であり,強く抗議せざるを得ません(資料1 死刑執行に関する会長声明)。
また,千葉大臣の提案により,法務省内にこの「死刑の在り方についての勉強会」が設けられたわけですが,死刑制度を現に維持し,その運用にあたってい,
法務省内の関係部局担当者による構成では,制度の根幹を問う議論を行うことは不可能です。勉強会を行うのであれば,死刑執行停止・死刑廃止を含め様々な立場を有する有識者や,死刑問題に携わってきた市民団体等からも幅広く構成員を募るべきであって,日弁連から推薦する会員についてもその構成員とすべきでした(資料2 「死刑のあり方について検討するための法務省内勉強会」に関する要請書)。
この勉強会を,単なる組織内学習会で終わらせず,真に開かれた場での国民的議論が行われていく契機とするためには,今後,行刑改革会議のように,日弁連や外部の有識者からも幅広く構成員を募った「死刑制度改革会議」のような組織を立ち上げ,死刑制度の存廃について国民的な議論を行うべきであると考えます。日弁連は,現行の死刑制度が様々な問題点を抱えている事実を踏まえ,死刑制度の存廃について国民的論議を尽くし,また死刑制度に関する改善を行うまでの一定期間,死刑確定者に対する死刑の執行を停止するという,死刑執行停止法の制定を提唱しておりますが,本日は,死刑廃止・執行停止は国際的な潮流であり,わが国も国際人権法を尊重すべきであること,えん罪による死刑執行のおそれは現実のものであること,死刑制度の廃止は世論調査の結果にかかわらず検討されるべき問題であること,死刑制度に関する情報は積極的に公開されるべきであること,裁判員制度の実施を契機として死刑制度の存廃について国民的議論をするべきであること,死刑に代わる最高刑の検討に着手するべきであることについて意見を述べます(資料3 死刑制度問題に関する提言,資料4 死刑執行停止法の制定、死刑制度に関する情報の公開及び死刑問題調査会の設置を求める決議,資料5 日弁連死刑執行停止法案,資料6 日本弁護士連合会基本政策集第1・
17)。
2 死刑廃止・執行停止は国際的な潮流であり国際人権法を尊重するべきである(1) 今から20年前,1990年当時は世界でも死刑存置国の方が多い状態でしたが,2009年現在,死刑存置国は58か国,死刑廃止国は139か国であり(資料7 「死刑廃止国と存置国」),死刑廃止国が死刑存置国の倍以上となっております。なおこの廃止国には,10年以上死刑の執行を行っていない事実上の死刑廃止国も含まれております。この勉強会の資料として,法務省側から「死刑制度国際比較(国連事務総長報告)」が配布されておりますが,そこでは「過去10年以内に執行のなかった国又は地域」が「死刑制度を存置している国又は地域」として記載されております。しかし,これらの国は,「事実上の死刑廃止国」なのです。このように死刑廃止・執行停止が国際的な潮流となっていることは明らかです。
死刑存置国はこのように少数派ですが,その中でも,実際に2009年に死刑の執行を行った国の数は,さらに少なく,わずか18カ国に過ぎません(資料8 報告書「2009年の死刑判決と死刑執行」アムネスティ・インターナショナ)。誠に残念なことに,日本もこの少数の国の一つなのです。
(2) このように死刑廃止国が増えているのは,人権に関する国際法すなわち国際人権法が世界各国において尊重されるようになってきたからに他なりません。
日本も批准している「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)には,「すべて人間は,生命に対する固有の権利を有する。」と述べられてお,
「生命に対する権利」がすべての人に保障されるべきことが明確に宣言されております。
日本に対しても「死刑の執行をすみやかに停止」すべきであるとする国連拷問禁止委員会の勧告や,国連人権理事会による勧告がなされております(資料9 拷問禁止委員会の結論及び勧告,資料10 国連人権理事会普遍的定期的レビュー結文書,資料11 「国連人権理事会は日本政府に何を求めたのか」)。
(3) 日本の死刑制度は,死刑判決に対する必要的な上訴制度がないこと,死刑確定者からの再審請求や恩赦の申立てに執行停止の効力がないこと,死刑執行の対象とされる者の精神障害の有無についての制度的な審査が保障されていないこと等,国際人権基準に大きく違反している状態にあります。
また,死刑執行の直前に死刑確定者本人に対する告知を行い,家族・弁護人等に対しては事前告知を行っておりません。非人道的取扱いというだけではなく,手続的保障の観点からも,死刑確定者及びその家族等に,予定されている死刑執行日時について適切な余裕をもって事前の告知が与えられるべきなのです。
3 えん罪による死刑執行のおそれは現実のものである
(1) わが国では,死刑事件について既に4件も再審無罪判決が確定しており(免田・財田川・松山・島田各事件),死刑事件においても誤判が存在したことが明らかとなっております。また死刑事件ではないものの,近時においても2009年12月14日,最高裁判所は布川事件について再審開始決定を支持する決定を下し,2010年3月26日,宇都宮地方裁判所は足利事件について再審無罪判決を言い渡しました。
足利事件は,捜査機関と裁判所が当時の精度の低いDNA型鑑定を過大評価し,自白を偏重して適正な判断をしなかったこと,裁判所が長い間DNA再鑑定を拒否したこと等,複合的な問題が顕在化した事件ですが,菅家利和さんは,捜査段階で複数の被害者殺害について自白を強要されており,死刑事件となるおそれもあった事件であります。
これらの事件以外にも,死刑事件である名張毒ぶどう酒事件や袴田事件は,えん罪である疑いが強く,日弁連は再審を支援しております。
このような現状を考えるとき,えん罪により死刑判決を受け,死刑の執行までされてしまった例がこれまでに一度もなかったとは,到底断言できません。いわゆる飯塚事件においては,足利事件と同様の精度の低いDNA型鑑定を重要な証拠として死刑が言い渡され,無実を主張していたにもかかわらず,2008年10月,再審請求の準備中に死刑が執行されてしまい,現在,再審請求中であります。
(2) 日弁連は取調べ全過程の録画等,えん罪を生まない刑事手続改革を強く求めております。調査権限をはじめ十分な権限を付与された公的な第三者機関としての「誤判原因を究明する調査委員会」を設置して,捜査と公判における構造的な問題点を明らかにし,改善への具体的道筋をつけていかなければなりません(資料6 日本弁護士連合会基本政策集第3・1)。
しかし実際には,誤判原因の解明とその防止のための抜本的対策は,なんらとられていないままです。
こうした状況下においては,えん罪による死刑執行のおそれは現実のものなのであり,一旦失われた命は金銭で補償することはできず,どのようにしても回復することはできないのです。
(3) 諸外国においてもえん罪の存在が問題となり,たとえば,イギリスのように死刑制度が廃止されるに至った例があり,死刑存置国として有名なアメリカ合衆国においても,イリノイ州のように死刑判決が出された事件が,後にえん罪であることが判明したことをきっかけとして,死刑確定者を終身刑に減刑した例等があります。アメリカでは,1973年以降,実に138名の死刑囚の無実が判明しています。このほか,同国の死刑情報センターによれば,少なくとも8名について,死刑の執行が現になされたものの,無実である可能性が指摘されています。
4 世論調査の結果にかかわらず死刑の廃止を検討するべきである
(1) 日本国内においては,世論調査の結果,国民の8割以上が死刑存置を望んでいるとされており(平成21年12月に実施された「基本的法制度に関する世論調査」の結果についても,死刑存置が85.6%であるとされております。)
日本政府は,この世論調査の結果を,死刑存置の理由としてしばしば挙げています。
しかし世論調査の結果は,死刑を存置する理由とはなり得ません。死刑制度の存廃は,死刑廃止・執行停止が国際的な潮流であり国際人権法を尊重するべきであること,えん罪による死刑執行のおそれが現実のものであることを直視し,死刑制度についての十分な情報が公開されたうえで国民的な議論をすることにより解決すべき課題なのであって,世論調査の結果によって決めるべきことではありません。
(2) 国際人権(自由権)規約委員会による審査の場では,委員から「日本政府は世論に大きく依存しているが,死刑には極めて問題があることを国民に知らせる意思があるのか」といった発言がなされ,日本に対し,「締約国は,世論調査の結果にかかわらず,死刑の廃止を前向きに検討し,必要に応じて,国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきである。」との勧告がなされました(資料12 国際人権(自由権)規約委員会の総括所見,資料13 「改革迫られる日本の人権保障システム」)。
この勧告にある「締約国」を構成しているものは日本政府だけではなく,日本国民そのものが勧告の対象であり,マスコミも日弁連も勧告の対象であると言わなければなりません。この勧告にあるように,日本政府・法務省は積極的に国民に対し,「死刑廃止が望ましいこと」を知らせるべきなのです。
(3) 死刑を廃止してきた諸外国の例を見ても,死刑を存置するか廃止するかは世論調査の結果決められたわけではありません。ヨーロッパにおいても,オーストリア,イギリス,フランス等では,政権交代を契機とする政治のリーダーシップにより死刑廃止への転換がなされ,また,アジア諸国においても,ハワイ大学デイビッド・ジョンソン教授が指摘するように,死刑の廃止・執行停止は,世論による死刑支持率が低下したためではなく,民主的な政治家のリーダーシップによって達成されてきました。死刑の存続を決定するのは,世論や大衆の要求ではなく,政治指導者たちによる,リーダーシップなのです(「グローバル化する厳罰化とポピュリズム」(現代人文社)所収の「国際社会から見た日本の刑罰」)76頁参照)。
5 死刑制度に関する情報を積極的に公開するべきである
(1) 日本では死刑の執行は極端な秘密主義がとられており,国民に対し死刑制度の実態は隠されております。情報が国民に対し十分に公開されていないなかでの世論調査の結果に,どれほどの信頼性があるのか甚だ疑問と言わざるを得ません。
死刑制度の存廃について国民的な議論をするためには,その前提として,死刑制度がどのように運用されているのか十分な情報が公開されていなければなりません。公開されるべき情報としては,例えば,次のようなものがあげられます。
① 執行の対象者はどのように選ばれているのか(例えば,これまでには高齢の確定者に対する執行や,無実を訴え続け再審請求の準備中の確定者に対する執行もありました。)
② 執行の対象者の心身の状況(例えば,精神障がいにより心神喪失だったおそれはないのか。)
③ 絞首刑による執行方法の具体的詳細はどのようなものか(方法いかんによっては頚部が切断されるおそれがあるとの指摘がなされています。)
(2) 現在,法務省は,執行直後に,氏名,犯罪事実の概要,執行場所を公開していますが,これは,過去のある時点で「このように凶悪な罪を犯したのだから,死刑が執行されても当然である。」という執行の正当性を強調するための,限られた断片的な情報の公開であり,いわば「情報操作」とも言えます。
刑場の公開も,それだけでは「厳粛に執行されている」となりかねません。
しかも今回の公開は東京拘置所の1か所に限られ,首にかけるロープも,踏み板が開く状況も公開されませんでした。死刑制度の存廃について国民的な議論をすることができるための十分な情報,死刑の執行が適正に行われているか否かを検証することができるための十分な情報の公開が必要です。刑場の公開だけでは,く不十分だと言わざるを得ません(資料14 東京拘置所における死刑の刑場の公開について(日弁連コメント))。
6 裁判員制度の実施を契機として死刑制度の存廃について国民的議論を行うべ
である
裁判員制度においては,裁判員として参加した国民が,死刑を科すかどうかを直接判断することとなります。裁判員をつとめる国民に対し,予め,死刑制度に関する十分な情報が公開される必要があります。また,死刑を科すか否かは極めて重大な判断であり,裁判員と裁判官の全員の意見が一致するまで議論を重ねる慎重な審理が目指されるべきであります。
さきほども述べたようにえん罪による死刑執行のおそれは現実のものです。このことは裁判員制度のもとにおいても,全く同様です。裁判員が誤って死刑の言渡しを行い,死刑の執行がなされた後,えん罪であることが判明した場合について,現実の問題として考える必要があるのです。
現在,死刑制度そのものについての国民的な関心が,かつてなく高まっています。この勉強会の結果を,さらなる死刑制度の存廃を含む抜本的な検討及び実際の見直し作業につなげるべきであり,まずは外部有識者等からなる「死刑制度改革会議」のような組織を立ち上げ,さらには国会における死刑問題調査会の設置へと発展させ,広く国民的な議論を行うべきなのです。
7 死刑に代わる最高刑の検討に着手するべきである
現在,無期刑受刑者の数は急増しており,他方,無期刑受刑者にとっての仮釈放はますます狭き門となる傾向にあり,無期刑の事実上の終身刑化が進んでおります。
刑罰制度は,本来,受刑者の社会復帰を前提として運用されるべきものであり,無期刑受刑者を含めた仮釈放のあり方を見直し,無期刑の事実上の終身刑化をなくす必要があります。よって,こうした改革なしに,死刑制度を維持したまま,仮釈放のまったくない終身刑を導入することに,日弁連は反対しています(資料15 「量刑制度を考える超党派の会の刑法等の一部を改正する法律案(終身刑導入関係)」に対する意見書)。
しかし他方,死刑制度の存廃について議論する際,死刑の代替刑としての仮釈放のない終身刑を創設するか否かは,避けて通れない論点です。日弁連は,死刑執行停止法案の中で,国民的な議論において検討すべき課題の一つとして,「死刑に代わる最高刑の在り方」をあげております(資料5 日弁連死刑執行停止法案第二条七)。
死刑の存廃についての国民的議論をする際には,「死刑に代わる最高刑の在り」についても検討されるべきであります。
8 最後に
ある日突然,理不尽な犯罪により命を奪われた被害者と,そのご遺族の苦しみは耐え難いものであろうと思います。ご遺族が死刑を望んだとしても自然な感情であろうと思います。ただし,ご遺族の被害感情というものも時間や状況とともに変化し得るものであり,また,現に加害者の死刑を望まないご遺族もいらっしゃるように,被害者遺族の感情も,そのニーズも多様なものです(資料16 「アメリカ殺人被害者遺族の会を招請して」(自由と正義2010年9月号抜))。ヨ
ーロッパ諸国では,被害者ご遺族に対する手厚い支援と死刑の廃止の双方を実現しているのであり,人権を尊重し,民主主義を掲げる私たち日本の社会におい,
これが実現できないはずはありません。
この勉強会を契機として,死刑制度の存廃について真に開かれた国民的議論が開始されることを強く求めるものであります。
 なお日弁連は、沢山の資料を提出したのですが、提出した資料は、下記の通りす。これも全て法務省のホームページから読んでいただくことができます。
資料一覧[PDF:2222KB]
資料一覧
資料1 死刑執行に関する会長声明……………………………………………………1
資料2 「死刑のあり方について検討するための法務省内勉強会」に関する要
請書…………………………………………………………………………………3
資料3 死刑制度問題に関する提言……………………………………………………7
資料4 死刑執行停止法の制定、死刑制度に関する情報の公開及び死刑問題調
査会の設置を求める決議………………………………………………………39
資料5 日弁連死刑執行停止法案………………………………………………………47
資料6 日本弁護士連合会基本政策集…………………………………………………49
資料7 「死刑廃止国と存置国」アムネスティ・インターナショナル……………87
資料8 報告書「2009年の死刑判決と死刑執行」(抜粋・仮訳)アムネスティ
・インターナショナル…………………………………………………………91
資料9 拷問禁止委員会の結論及び勧告………………………………………………99
資料10 国連人権理事会普遍的定期的レビュー結果文書…………………………111
資料11 「国連人権理事会は日本政府に何を求めたのか」………別冊パンフレット
資料12 国際人権(自由権)規約委員会の総括所見………………………………139
資料13 「改革迫られる日本の人権保障システム」………………別冊パンフレット
資料14 東京拘置所における死刑の刑場の公開について(日弁連コメント) …151
資料15 「量刑制度を考える超党派の会の刑法等の一部を改正する法律案(終
身刑導入関係)」に対する意見書……………………………………………153
資料16 「アメリカ殺人被害者遺族の会を招請して」(「自由と正義」2010年
9月号抜粋) …………………………………………………………………171
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