本当に日本には死刑は必要なの?

宇都宮日弁連会長による江田法務大臣への死刑執行停止要請

りす

宇都宮健児日弁連会長は、2011年2月4日、江田五月法務大臣に面談し、死刑執行停止について「法務大臣が毅然としてリーダーシップをとることであり,それは,新たに就任された江田法務大臣によってこそ実現可能なものであると,当連合会は大いに期待している」との要請活動を行いました。その席には、法務省「死刑の在り方についての勉強会」におけるヒアリングの際日弁連の意見を述べた道上明副会長と海渡雄一事務総長が同席しました。
要請書の内容は下記の通りです。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/110204.html
また、面談の際の写真が、江田法務大臣のホームページの「活動日誌」2月4日に掲載されています。
http://www.eda-jp.com/

日弁連総第120号
2011年(平成23年)2月4日

法務大臣 江 田 五 月 殿

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健 児

死刑制度の在り方についての検討及び死刑の執行停止についての要請書

第1 要請の趣旨
1 死刑制度とその運用に関する情報を広く公開すること
2 死刑冤罪事件を未然に防ぐため,緊急に以下の措置を講じること
(1) 科学的に信頼性の高い方法によって再鑑定を受ける権利の確立
(2) 死刑確定者と弁護人等との秘密交通の確保
(3) 再審請求における国選弁護制度の創設
(4) 再審請求による死刑執行停止効の確立
3 死刑制度のあり方について,その存廃を含めた国民的議論に向け,幅広い議論及び必要な調査を徹底して行うこと
4 上記に関する改善措置がとられ,且つ,議論・調査が尽くされるまでの間,すべての死刑の執行を停止すること

第2 要請の理由
1 今日,死刑制度の廃止・死刑執行の停止は国際的な潮流である。昨年12月21日には,国連総会において死刑執行の一時停止を加盟国に求める決議案が前回を上回る109か国の賛成多数で採択されたが,反対票を投じた国は日本を含めて41か国にとどまった。こうした状況において,わが国の死刑制度は国際人権法の観点から様々な批判を浴びてきた。すなわち,「死刑の執行をすみやかに停止」すべきであるとする国連拷問禁止委員会の勧告や,国連人権理事会による勧告のほか,国際人権(自由権)規約委員会からは,「世論調査の結果にかかわらず,死刑制度の廃止を前向きに検討」すべきことが勧告されて
いる。のみならず,日本の死刑制度は,死刑判決に対する必要的な上訴制度がないこと,死刑確定者からの再審請求や恩赦の申立てに執行停止の効力がないこと,死刑執行の対象とされる者の精神障がいの有無についての制度的な審査が保障されていないこと,死刑執行の事前の告知がないこと,等の点においても,国際人権基準に大きく違反していることが指摘されてきた。
アジア諸国も含めて,世界が死刑執行の縮小から死刑廃止へと向かう情勢において,日本における死刑制度の存置と継続的且つ頻繁な死刑執行は,国際的に大きく注目され,批判の的となってきた。そうしたなか千葉景子法務大臣(当時)による昨年7月28日の死刑執行が,国際社会にどれほど大きな衝撃を与えたかは,計り知れないものがある。
2 他方,死刑制度には冤罪による誤った刑の執行が不可避であり,日本も決してその例外ではない。
すなわち,わが国では,死刑事件について既に4件もの再審無罪判決が確定しており(免田・財田川・松山・島田各事件),死刑事件においても誤判が存在したことが明らかとなっている。また,死刑事件ではないものの,近時においても2009年12月14日,最高裁判所は布川事件について再審開始決定を支持する決定を下し,2010年3月26日,宇都宮地方裁判所は足利事件について再審無罪判決を言い渡した。
このうち,足利事件は,捜査機関と裁判所が当時の精度の低いDNA型鑑定を過大評価し,自白を偏重して適正な判断をしなかったこと,裁判所が長い間DNA再鑑定を拒否したこと等,複合的な問題が顕在化した事件であるが,最終的に無罪となった菅家利和氏は,捜査段階で複数の被害者殺害について自白を強要されており,死刑事件となるおそれも十分にあった事件である。これらの事件以外にも,死刑事件である名張毒ぶどう酒事件や袴田事件は,冤罪である疑いが強く,当連合会はその再審を支援している。
こうした数々の誤判事例,とりわけ死刑冤罪事件が生じてきた事実にもかかわらず,誤判原因の解明とその防止のための抜本的対策は,なんらとられないまま数十年もの年月が経過してきた。
こうした状況下においては,冤罪による死刑執行のおそれは現実のものとなっている。たとえば,2008年には,足利事件と同様に精度の低いDNA型鑑定等に基づき有罪とされ死刑が言い渡された飯塚事件について,再審請求の準備中にも拘わらず死刑が執行され,各方面から疑問の声が上がった。一旦失われた命は金銭で補償することはできず,回復不可能なものである。わが国が死刑制度を維持し執行を継続する限り,常にその危険が内在しているものと言わざるを得ない。
死刑冤罪を未然に防ぐためには,緊急に以下の措置を講じる必要がある。
(1) 刑事事件においては,科学的に精度の高い再鑑定を受ける機会の保障が必要であるところ,とりわけ死刑事件においては,科学的に信頼性の高い方法による再鑑定の機会を権利として確立すること
足利事件の再審開始決定は,過去に行われたDNA鑑定について,科学的に精度の高い再鑑定を行うことによって,その結論が覆ることがあることを示している。とりわけ,死刑事件については,誤った死刑執行による損害が回復不可能であることから,このような再鑑定を行うべき必要性が高い。しかしながら,過去の鑑定の際に鑑定資料がすべて費消されてしまっていれば,再鑑定自体が不可能となってしまう。そこで,科学的に精度の高い再鑑定を受けることを権利として確立することが必要である。アメリカでは,無実を訴える死刑確定者や受刑者に対し,法律上,DNA鑑定を受ける権利が認められており(「イノセンス・プロテクション・アクト」),この制度のもとで多数の再審無罪判決が言い渡されている。
(2) 死刑確定者と弁護人等との秘密交通を確保すること
「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」施行後も,死刑確定者と弁護人との接見には職員の立会いが原則とされており,秘密交通権が確保されていない。国際人権(自由権)規約の実施状況を審査する規約人権委員会は,日本の人権状況に関する審査の総括所見(2008年10月)において,死刑確定者と再審に関する弁護人等との間のすべての面会の厳格な秘密性を確保すべきであると勧告している。
(3) 再審請求における国選弁護制度を創設すること
再審請求については,国選弁護制度が存在せず,実質的に弁護権が保障されているとは言い難い現状である。国連拷問禁止委員会は,第1回日本政府報告書審査の総括所見(2007年5月)において死刑判決確定後の国選弁護人へのアクセスの欠如につき懸念を表明している。
(4) 再審請求による死刑執行停止効を確立すること
刑事訴訟法442条は,再審請求があったときは検察官は刑の執行を停止できるとしているにとどまり,必要的な刑の執行停止理由とはされていない。上述した両総括所見は,この点についても執行停止効を確保するよう勧告している。
3 以上のように,現行の死刑制度には,上記を含めた様々な問題点があり,それは,法務大臣が「色々な欠陥を抱えている」と正しく指摘しているとおりである。当連合会は,その事実を踏まえ,死刑制度の存廃について国民的論議を尽くし,また死刑制度に関する改善を行うまでの一定期間,死刑確定者に対する死刑の執行を停止するという,死刑執行停止法の制定を提唱している。
そうした中,昨年8月,法務省は千葉法務大臣(当時)を座長とする「死刑の在り方についての勉強会」を立ち上げ,その第3回会合においては当連合会も意見陳述を行った。勉強会が設置される以前から繰り返し述べているように,法務大臣以下,現に死刑制度を維持し,且つ運用にあたっている法務省内の担当者からなる勉強会では,死刑制度の根幹を問う議論を行うことはできない。そこで,勉強会の結果を,死刑制度の存廃を含む抜本的な検討及び実際の見直し作業につなげるという方針を確立し,国会において死刑問題調査会を設置して広く国民的な議論を行うべく,速やかに準備を行うべきである。
4 わが国の死刑制度がもつ様々な欠陥と,制度の置かれた状況に照らせば,死刑の執行を継続しつつ,死刑制度のあり方を根本的に問う勉強会を行うことなど到底不可能なことは自明である。死刑の執行を継続する以上,現に行われ,行われようとする死刑執行の正当性と妥当性の説明に汲々とし,制度の根幹に迫る本質的な議論は回避されるからである。
しかも,わが国の死刑制度をめぐっては,いまだにごく基本的な情報すら公開されていない。その状況は昨年8月に東京拘置所の刑場が一部マスメディアに公開された後も基本的に変わらず,今後の刑場の公開すら予定されていないという。これは,制度をめぐる根本的な議論を行い,且つ,個々の死刑執行の是非を検証するための大前提が欠けているということである。
死刑制度の在り方について検討する必要があることが認識され,そのための作業が不十分ながらも開始されたいま,死刑の執行は停止されるべきである。
5 冒頭に述べたように,わが国は,「世論調査の結果にかかわらず,死刑制度の廃止を前向きに検討」すべきであるとの国際社会からの勧告に直面している。この勧告を真摯に受け止め,改革への第一歩を踏み出すために必要なことは,法務大臣が毅然としてリーダーシップをとることであり,それは,新たに就任された江田法務大臣によってこそ実現可能なものであると,当連合会は大いに期待しているところである。
したがって,当連合会は,議論の出発点となるべき必要且つ十分な情報の公開,死刑事件において冤罪を生まないための制度のすみやかな整備,勉強会の発足を契機として,死刑制度の存廃について真に開かれた国民的議論が開始されること,そしてこれらの改善措置が講じられ,議論及び調査が尽くされるまでの間は,死刑の執行が停止されることを強く求めるものである。

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