刑場公開では不十分  日弁連コメント

2010年08月27日

 8月27日に東京拘置所の刑場が公開され、日弁連に対しテレビ局の取材があり、私が答えたのですが、テレビでは断片的な発言しか放送してもらえませんでした。実際には、概要、以下のような話しをしました。取材時間が限られており、十分に説明することはそもそもできませんでしたが。

1 日弁連は法務省に対し繰り返し死刑制度についての情報の公開を求めてきましたが、法務省は全く公開に応じていません。
 死刑制度の存廃について国民的な議論をするためには、死刑制度がどのように運用されているのか十分な情報が公開されていなければなりません。また、刑罰の執行は適正に行われなければならず検証される必要があります。公開されるべき情報としては、例えば、次のようなものがあげられます。
①執行の対象者はどのように選ばれているのか(これまでには高齢の確定者に対する執行や、無実を訴え続け再審請求の準備中の確定者に対する執行もありました)
②執行の対象者はどのような生活状況だったのか(精神の障害により心神喪失だったおそれはないのか、反省して日々を過ごしていたのではないか)
③執行の方法はどのようになされているのか(絞首刑により首が切断されるおそれがあるとの指摘がなされています)

2 現在、法務省は、執行直後に、氏名、犯罪事実の概要、執行場所を公開していますが、これは、過去のある時点で「このように凶悪な犯罪を犯したのだから、死刑が執行されても当然である」という執行の正当性を強調するための、限られた断片的な情報の公開であり、いわば「情報操作」とも言えると思います。

3 刑場の公開も、それだけでは「厳粛に執行されている」となりかねません。死刑制度の存廃について国民的な議論をすることができるための十分な情報、死刑の執行が適正に行われているか検証することができるための十分な情報の公開が必要だと思います。刑場の公開だけでは、全く不十分だと言わざるを得ません。

 また日弁連では、同日、下記の東京拘置所における死刑の刑場の公開について(日弁連コメント)を発表しました。

2010年(平成22年)8月27日
日本弁護士連合会


本日、法務省は、東京拘置所内の死刑の刑場を報道機関に初めて公開した。

しかし、これだけでは死刑制度の存廃について、国民的議論を行う上で十分な情報が公開されているとは到底言えない。死刑執行の基準、執行方法、死刑確定者の処遇などに関する基本的情報を多角的に公開することが必要である。

当連合会は、今後死刑のあり方に関する国民的議論が深まることを期待するとともに、政府に対し、死刑制度の存廃を含む抜本的な検討及び見直しを行うまでの一定期間、死刑の執行を停止することを重ねて強く要請するものである。
以上


戻る