「死刑廃止について全社会的議論を呼びかけます 中」法律新聞1986号

2013年03月26日

「死刑廃止について全社会的議論を呼びかけます 中」
平成25年(2013年)3月22日 週刊法律新聞1986号
小川原優之弁護士
日本弁護士連合会死刑廃止検討委員会
事務局長
第二東京弁護士会

(前号からつづき)
 またジョンソン教授は、「テキサスをはじめ、アメリカの各州よりもはるかに死刑執行を頻発するシンガポールにおいて、死刑執行に殺人の抑止力がないのであれば、アメリカにおいて死刑執行が殺人に何らかの影響を与えているという軽率な信頼も損なわれることになる。」(同頁)と述べ、日本についても、「死刑は殺人を抑止していると主張する日本の検察官・裁判官・政治家らに、真剣な再考を促すものである。」(82頁)と述べています。
 韓国では、1997年に23名に対する執行が行われたのが最後であり、その後死刑の執行を停止していますが、朴教授によれば、死刑執行停止中に「1997年に789件であった殺人事件が、10年後の2007年には1124件に達していた。殺人犯罪がなんと42%も急増したのである。」しかし、「最後の執行の行われた1997年の殺人事件が789件であるけれども、そこから20年さかのぼる1977年の殺人事件は506件である。20年間に56%も殺人事件が急増している。この20年間は死刑を続けていた時期なのにである。執行を続けていた期間の殺人の発生率が、執行を停止している期間よりもはるかに高かったのである。」(「死刑を止めた国 韓国」インパクト出版会。75頁)と述べてます。
 いずれの本も、死刑の執行と殺人の発生率との間には、何の関係もないことを実証的に示しています。日本だけ、死刑の執行が殺人犯を抑止しているとは到底考えられません。

6 世論について
 内閣府は、「基本的法制度に関する世論調査」(2009年12月)の「死刑制度の存廃」に関する結果について、「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」(5.7%)、「場合によっては死刑もやむを得ない」(85.6%)であったと報告し、マスコミは、この調査結果について、「日本国民の8割以上は、死刑制度を容認している」と報じています。そして、この調査結果が、「これほど多くの国民が支持しているのだから、死刑は存置すべきだ」との意見に使われています。
 しかし日弁連が、社会調査のデータ解析を専門とする静岡大学情報学部山田文康教授に、この調査の「測定の信頼性と妥当性の問題」を検証したもらった結果、多くの問題点が指摘されました(2012年11月27日開催「死刑制度に関する世論調査についての講演会」)。
 とくに「場合によっては死刑もやむを得ない」が受け入れられ易いカテゴリであるため、このカテゴリへの賛成者が増加し、「賛成/反対」を分ける境界点がそれまでの調査に比べて「死刑反対」の方向に移動した(死刑賛成者が増加した)と考えるのが自然であるとの意見が述べられました。
 これはこの設問自体が、死刑賛成者を増加させる(誘導的である)ことを明らかにするものです。
 また山田教授によれば、主設問での回答に基づく議論(85.6%は死刑を容認)では不十分であり、サブ・クエスチョン(死刑反対のうち「すぐに,全面的に廃止する」35.1%,「だんだん死刑を減らしていき,いずれ全面的に廃止する」63.1%。死刑賛成のうち「将来も死刑を廃止しない」60.8%,「状況が変われば,将来的には,死刑を廃止してもよい」34.2%)を分析すれば、この世論調査の結果から「国民の8割以上は、死刑制度を容認している」との一般化には無理があり、「死刑存続が5割前後、廃止+将来廃止が3割強である。」との指摘がなされました。
 この点も非常に重要だと思います。死刑容認とされた回答のなかには、3割以上も「状況が変われば,将来的には,死刑を廃止してもよい」との意見が含まれているのであり、
「廃止+将来廃止が3割強」なのです。
 ではどのような状況の変化があれば、将来は、死刑を廃止してもよいという意見なのでしょうか。この点について質問していないのですが、私は、死刑の代わりに仮釈放のない終身刑を導入すれば、死刑を廃止しても良いという意見が相当数いると思います。
 ですから、世論調査の項目として、誘導的な「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」とか「場合によっては死刑もやむを得ない」という質問の仕方はやめ(質問するとすれば、死刑に賛成か反対かを端的に質問すれば足りると思います)、また世論調査の項目に、終身刑に関する質問も加えるべきであると思います。
 
7 終身刑について
 仮釈放のない終身刑というと、「非人道的で残虐である」という批判と、「どうせ一生出られないとなれば、受刑者が刑務官の言うことを聞かなくなり、処遇が困難になる」という批判と、さらに「極悪人を一生税金で食べさせるのか」という批判をよく耳にします。
 しかし、死刑に比べれば終身刑は、最も大切な「生命に対する権利」を奪われないのであり、あくまでも相対的にですが、「非人道的で残虐」の程度は死刑よりは低いと思います。
 また処遇や、恩赦を工夫することにより改善可能な点も多いと思います。
 最近、本物の刑務所で、実際の受刑者たちがシェークスピアの「ジュリアス・シーザー」を演じる映画(「塀の中のジュリアス・シーザー」)を観ました。イタリアのレビッピア刑務所(重刑犯罪人を収容する刑務所)で、受刑者のなかには終身刑の人もいて、演劇を受刑者の矯正プログラムとして活用しているようです。2012年ベルリン国際映画祭金熊賞グランプリをとった作品です。
   終身刑の受刑者が、演じおえて、独房にまた戻されるのですが、日本に比べれば広い房のなかで、一人エスプレッソをいれる準備をしながら、「芸術を知った時から、この監房は牢獄になった」とつぶやきます。
  まったく日本の刑務所では考えられない「過激」な映画なのですが、多様な終身刑を観ることはできます。
 日弁連は、2012年6月3日から同月6日まで、韓国の死刑制度について調査するため、杉浦正健元法務大臣、平岡秀夫元法務大臣らをメンバーとする調査団を派遣し、私も参加したのですが、面談した韓国の国会議員らによれば、今後、死刑の代替刑として仮釈放のない終身刑を設ける死刑廃止法案を提出する予定であるとのことでした。
 また、日弁連・大阪弁護士会共催で今年2月にアメリカ(テキサス州)終身刑調査を行ったのですが、テキサス州では、死刑に加えて2005年から、仮釈放のない終身刑を導入しています。陪審員に、死刑と仮釈放のある無期刑以外に選択肢を増やすことも、導入の理由の一つとされたようです。
 死刑に代えて仮釈放のない終身刑を導入するということは、現実的な選択肢であると思います。
 勿論、コストの問題は残ると思いますが、これは終身刑だけの問題ではありません。これまで刑事政策は「正義」の問題であるとされ、経済学の視点からの検討はあまりされなかったように思うのですが、「刑罰の経済的合理性」についても考察する必要があると思います。
 ただ慶應義塾大学中島隆信教授によれば、「国連から日本に死刑廃止の勧告が出されたこともあり、死刑を廃止し終身刑を導入すべきという意見も根強い。終身刑導入の経済学的な根拠は、終身刑が有意な犯罪抑止力を持っていることである。無力化効果のみの場合、高齢化による犯罪能力の低下のため終身刑はコスト高になる。こうした計算例もこれまで見かけたことはない。」(「持続可能な刑事政策とは」所収「経済学の視点から見た刑事政策」現代人文社71頁)とのことであり、今後の研究対象のようです。
 アメリカでは、死刑制度を維持するためのコストが終身刑を導入するコストよりも高いとする報告がなされており、テキサス州では、死刑判決が減った理由の一つとして終身刑を導入したことが指摘されていました(テキサス州ハリス郡では、終身刑を導入する前の2004年の死刑判決の言い渡し数が10なのに対し、導入した2005年の死刑判決は2になったとのことです)。
 「実証的な分析」が必要なのでしょうが、死刑制度を維持するコスト(国選弁護に要する費用や執行のための設備や人件費も含めて)は社会的な負担が大きく、現行の無期刑が既に「終身刑」化していること(現行の無期刑は、法制度上は10年で仮釈放可能なはずなのですが、ほとんど仮釈放は認められず、すでに「終身刑」化しており、その意味では、新たに終身刑を設けてもコスト高は少ないと言えます。むしろ仮釈放の許されない終身刑とは別に、通常の無期刑について仮釈放を積極的に運用することによってコストを下げることも可能なのではないでしょうか)を考えれば、終身刑を導入する「経済的合理性」も肯定し得るのではないでしょうか。

8 国際的な潮流 外交上の問題について
 国際的にみた場合,2012年10月現在の死刑廃止国(10年以上死刑を執行していない事実上の廃止国を含む)は140か国,死刑存置国は58か国であって,世界の3分の2以上の国が死刑を廃止ないしは停止しています。死刑存置国の中でも実際に死刑を執行している国はさらに少なく,2010年が23か国,2011年が20か国にすぎません。
(次号につづく。全3回)


戻る