本当に日本には死刑は必要なの?

年報死刑廃止2015 日本弁護士連合会の死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける活動

りす
日本弁護士連合会の死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける活動 
2014-2015
弁護士小川原優之
 
1 日弁連の基本的立場
(1)日弁連は,2011年10月7日, 第54回人権擁護大会において「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め,死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を採択しました。
 これは,死刑がかけがえのない生命を奪う非人道的な刑罰であることに加え,罪を犯した人の更生と社会復帰の観点から見たとき,死刑が更生し社会復帰する可能性を完全に奪うという問題点を内包していることや,裁判は常に誤判の危険を孕んでおり,死刑判決が誤判であった場合にこれが執行されてしまうと取り返しがつかないことなどを理由として、死刑のない社会が望ましいことを見据えて、死刑廃止についての全社会的議論を直ちに開始することを呼びかける必要があるとしたものです。
  またこの宣言は、死刑に代わる最高刑として、現行法の10年を経過すれば仮釈放が可能である無期刑とは別に仮釈放のない終身刑(恩赦制度の抜本的な改善を含む。)などについても議論がなされるべきであり、十分に納得のできる死刑に代わる最高刑の提起を伴って死刑廃止を議論すれば、死刑についての国民意識も変わり、世論調査の結果も変わり得ると述べています。
(2)日弁連は、この宣言を実現するための委員会として、2012年死刑廃止検討委員会を設置し、これまで法務大臣に対する死刑執行停止要請活動、国会議員・法務省幹部・イギリス大使などEU関係者(EUは日本に対し死刑廃止・死刑執行停止を求めています)・マスコミ関係者・宗教界との意見交換、海外調査(韓国、アメリカテキサス州、カリフォルニア州、イリノイ州の死刑及び終身刑の調査)、政府の世論調査に対する日弁連意見書の発表、死刑廃止について考えるためのシンポジウムの開催、市民向けパンフレットの発行など様々な活動を重ねてきました。
  また各地の弁護士会・弁護士会連合会においても、死刑制度について検討するための委員会などが設置され、その数は30にのぼり(2015年5月現在)、全国で死刑をテーマにしたシンポジウムが開催され、死刑の執行に抗議する会長声明なども数多く出されています。
  私は死刑廃止検討委員会の事務局長をしており、以下、日弁連の2014年9月から2015年8月にかけての活動について述べたいと思いますが、意見にわたる部分はすべて私見です。
 
2 法務大臣への死刑執行停止要請活動及び死刑執行に対する抗議活動
(1)日弁連は、法務大臣の交代があった際に,新任の法務大臣宛て,死刑制度の廃止について全社会的議論を開始すること,死刑の執行を停止すること,死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を直ちに講じることを求める要請書を提出しており、2014年11月11日、上川陽子法務大臣へも提出しました。
  その際には、日弁連会長が法務大臣に直接会って、死刑執行停止を要請しました。
(2)しかし2015年6月25日,名古屋拘置所において1名に対し死刑が執行されたことから,日弁連は同日、死刑執行に強く抗議し,死刑執行を停止し死刑廃止について全社会的議論を開始することを求める会長声明を発表し,上川法務大臣宛て提出しました。
  全国各地の弁護士会も抗議声明を出しており、今回の執行に対しては東京、第二東京、横浜、埼玉、茨城県、大阪、兵庫県、和歌山、愛知県、広島、岡山、福井、島根県、福岡県、熊本県、宮崎県、青森県、札幌、仙台、福島県、香川県、九州弁護士会連合会が抗議声明を出しています。
 
3 国会議員への要請活動
  公明党が党内に「死刑問題に関する研究会」(会長漆原良夫衆議院議員、事務局長上田勇衆議院議員)を設置したことから、2015年5月27日、年意見交換を行いました。
   また自民党内でも、再犯防止の観点から刑罰制度全体の見直しを行おうという動きがあり、死刑についても視野にいれた検討を行うよう働きかけています。
  死刑廃止検討委員会では、自民党の杉浦正健元法務大臣、民主党の平岡秀夫元法務大臣に顧問に就任してもらい、それぞれの政党に対する働きかけを継続して行なっています。
 
4 世論調査に関する活動
(1)2014年11月に政府の「基本的法制度に関する世論調査」が実施され,2015年1月に調査の結果が公表されました。
 死刑制度の存廃に関する質問の選択肢は,「死刑は廃止すべきである」,「死刑もやむを得ない」に変更され,仮釈放のない終身刑が導入された場合の死刑廃止の是非についての質問も追加されました。「死刑もやむを得ない」と回答した人の割合は80.3%と前回より減少し,「状況が変われば,将来的には,死刑を廃止してもよい」と回答した人の割合は前回の34.2%から40.5%に増えました。更に,仮釈放のない終身刑を導入した場合の死刑廃止の是非については,「廃止しないほうがよい」51.5%,「廃止するほうがよい」37.7%でその差が大幅に縮まりました。また,袴田事件の再審開始決定の影響か,「死刑を廃止すべきである」理由として,「裁判に誤りがあったとき,死刑にしてしまうと取り返しがつかない」を挙げた人が46.6%に上りました。
 この調査の実施に当たり,法務省に「死刑制度に関する世論調査についての検討会」が設置されたのですが、日弁連の意見書や日弁連における静岡大学情報工学山田文康教授の講演録も検討会の基礎資料として配布され、日弁連の意見が反映される結果となりました。
(2)また「死刑もやむを得ない」(全体の80.3%)のうちの「状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい」(40.5%)を全体の割合に置き直してみると、全体80.3%×40.5%=全体の32.5%となります。これに「死刑は廃止すべきである」(全体の9.7%)を加えると、全体の32.5%+全体の9.7%=全体の42.2%が廃止すべきあるいは廃止してもよいと考えていることになります。
 他方、「将来も死刑を廃止しない」(57.5%)は全体の80.3%×57.5%=全体の46.1%です。結局、将来も死刑存置派46.1% に対し、現在もしくは将来死刑廃止容認派が42.2%おり、その差はわずか4%にすぎません。
(3)また終身刑が導入されれば「死刑を廃止する方がよい」37.7%(終身刑派)、終身刑を導入しても「死刑を廃止しない方がよい」51.5%(死刑派)との結果になったことも重要です。カリフォルニア州では、2012年に「死刑か仮釈放のない終身刑(受刑者から被害者遺族への賠償付き)か」が州民投票にかけられ、その結果は、死刑52%、仮釈放のない終身刑48%と接戦でした。日本でも、「仮釈放のない終身刑+受刑者から被害者遺族への賠償付き」と問えば、死刑派はもっと減り、終身刑派が増加し、もしかしたら逆転していたかもしれません。今回の世論調査によって示されている死刑制度に関する国民の基本的な意識は、日本も将来は死刑廃止があり得ることを示すものであり、この結果は極めて重要だと思います。
 
5 終身刑についての調査検討
 前述したように日弁連は、死刑に代わる最高刑として、現行法の10年を経過すれば仮釈放が可能である無期刑とは別に仮釈放のない終身刑(恩赦制度の抜本的な改善を含む)などについても議論がなされるべきであると提言しています。
 しかし終身刑については、仮釈放の可能性がなく人道に反するとか、処遇が困難であるとの批判があることから、これまで日弁連は、実際に終身刑を採用しているアメリカ合衆国の制度について調査団を派遣し、テキサス州、カリフォルニア州、イリノイ州の施設を訪問し、調査を重ねてきました。そこでこれまでの調査結果を踏まえ、今後の日本における死刑廃止と終身刑導入についての議論に資するための調査報告書を作成する予定であり、
そのため2015年6月14日、龍谷大学石塚伸一教授を講師として「終身刑とその課題に関する勉強会」を開催しました。今後も継続して、調査検討を重ねる予定です。
 
6 海外調査
 2015年3月23日から27日まで,アメリカ合衆国イリノイ州(シカゴ)の死刑と終身刑について調査を実施しました。
 1972年,合衆国連邦最高裁は,ファーマン判決により死刑を違憲としたため,以降,各州は死刑執行を停止するとともに,死刑の適用を厳格あるいは明確化するための州法改正作業が行われました。しかし1976年に連邦最高裁がグレッグ判決により死刑を合憲とし,翌1977年,イリノイ州でも死刑が復活しました。このような中で,イリノイ州では,1976年,死刑制度復活に反対する市民団体「イリノイ死刑廃止連盟」が設立され、死刑復活後は死刑の執行停止と廃止を目的として活動を継続し,イリノイ州での死刑廃止運動の先駆けとなりました。
 イリノイ州では、死刑復活後,死刑確定者のえん罪が明らかになる雪冤が20件以上にも上り、2000年1月,当時のジョージ・ライアン知事が全米で初めて「イリノイ州の死刑制度は誤りに満ちている」として,死刑執行の一時停止を決定するとともに,その2か月後,「死刑に関する諮問委員会」を発足させました。そして、同委員会は,2002年,死刑事件に関し,取調べの可視化,死刑適用犯罪の削減,死刑求刑基準の統一等を求める勧告を発表し,勧告の一部は,その後,当時,イリノイ州上院議員であったバラク・オバマ現大統領らの尽力によって立法化されました。しかし,このような制度改革後も,自白し,死刑を求刑された2名の被告人がDNAテストによって無罪となり,制度改革によってもえん罪を防ぐことができないことが明らかとなりました。
 2003年1月,ライアン知事は退任の直前に,無実を理由に4人の死刑確定者を恩赦で釈放し,164名の死刑確定者全員の刑を減軽しました。そしてその後の知事も死刑執行停止を継続しました。2007年にシカゴ・トリビューン紙が死刑廃止を提唱し,2008年にイリノイ弁護士会が死刑廃止支持を決議し,議員も死刑廃止に立ち上がり,2011年1月,死刑廃止法案が州上下両院で可決され,3月,当時のパット・クイン知事が法案に署名して,イリノイ州における死刑は正式に廃止されました。このようにイリノイ州における死刑廃止は,相次ぐ雪冤,刑事司法の腐敗,市民運動やマスコミによる批判の高まり,知事の英断など,様々な要因が重なって実現したものです。
 今回の日弁連の調査では,仮釈放のない終身刑受刑者を収容する最重警備刑務所「ステイトヴィル矯正センター」の視察や,市民団体・元州検事との意見交換を行いました。
 また「死刑に関する諮問委員会」の委員であり、『推定無罪』や『極刑』などの著書で知られる作家で弁護士のスコット・トゥロー氏との面談を行いました。
 日弁連では、この調査の報告書を今後発行する予定です。
 
7 シンポジウム、講演会などの開催
① 死刑廃止を考える日(2014年11月15日開催)
 青山学院大学大学院法務研究科の協賛を得て,同大学において「誤判・えん罪と死刑制度」をメインテーマにシンポジウムを開催しました。ジュリア・ロングボトム駐日英国公使からのスピーチ,袴田事件について,小川秀世袴田事件弁護団事務局長,袴田巖さん,袴田秀子さん(巖さんの姉)からの報告,パネルディスカッションを行いました。
② 死刑及び終身刑に関するカリフォルニア州調査報告会(2014年8月25日開催)。
③ 坂上香氏講演会「アメリカの終身刑について聞く」(2014年9月24日開催)。
④ 平川宗信教授講演会「法的視点と宗教的視点から見た死刑制度」(2014年12月16日開催)。
⑤ 堀川惠子氏講演会「『教誨師』からみた死刑制度」(2015年5月19日開催)。
⑥ 福岡事件を通して死刑制度を考える(2015年6月14日開催)。
 
8 パンフレットの発行
① 簡易版パンフレット「死刑廃止について議論をはじめましょう」
 死刑廃止について考えてもらうきっかけとなるように代表的な論点を抽出して作成したパンフレットです。
② 詳細版パンフレット「死刑廃止についてもっと議論してみましょう」
 論点をほぼ網羅し,具体的なデータや背景なども示して,この問題についてより深く考えてもらうことを目的に作成したものです。
 これらのパンフレットを必要とされる方は、日弁連にお問い合わせくださるようお願いします。
 
9 ホームページの開設
 日弁連は、「死刑廃止を考える」というホームページを開設しています。http://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/deathpenalty/shikei_qa.html
 また私は、日弁連の活動などを紹介する「森のおひさま教室 死刑についてみんなで考えてみよう」を開設しています。http://www.morino-ohisama.jp/
 これらのホームページも是非、ご覧になっていただきたいと思います。
 
10 今後の活動
 死刑廃止や終身刑導入を議論する際、「行刑」の問題を避けてとおれません。「行刑」とは、懲役刑や禁固刑など自由の剥奪を内容とする刑罰(自由刑)を執行する過程のことをいいます。
 国際人権自由権規約10条2項は、「行刑の制度は、受刑者の矯正及び社会的復帰を基本的な目的とする処遇を含む」ものであると定めています。つまり、重大な罪を犯した人も、最終的には社会へ再統合される可能性があることを認め、その更生を視野に入れた効果的な処遇を行う必要があります。
 今後も、死刑のない社会が望ましいことを見据えて、死刑の代替刑としての終身刑導入も含めて、死刑廃止についての全社会的議論を直ちに開始することを呼びかける活動を行っていきますが、「行刑」全体の改革のなかで議論する必要があると考えています。
 
                                                         以上
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